水鉢の通販です




舟形の水鉢です。
人工で掘った訳ではなく、自然に掘れていた庭石です。
船の形に似ているので、舟形の水鉢として通販しております。

現在は水を入れていないので、苔が生えています。その姿も
なかなか風流ですね。
 

石の禁忌

 作庭記に載っている石の禁忌そのです。

1.山の木の暗いところに滝を造ってはいけないという
  説がありますが、名所がそうであるように、滝の周りは
  木々が覆っていて暗いものである。

2.池は亀もしくは鶴の姿に掘るべきである。水は方円の
  器にしたがってその形をなす。祝言をかなにかいた姿
  (例えば寿す)など、意匠を考えて掘るべきである。

3.池は浅い方がよい。池が深いと魚が大きくなり、悪虫と
  なって人を害する。

4.池に水鳥がいつもいるのは家主安楽の相という。

5.池尻の水門は南西の方へ出すべきである。青竜の水を
  白虎の道へ向かって悪気を流しだすからである。

6.北西方向に水門をひらいてはいけない。これは福を
  保つとこだから。

7.水を流すことは東から屋の下をとおして、南西へ向かえて
  もろもろの悪気を洗い流すようにすると、病気もなくなる。

8.石を据えるには、臥石だけあって立石のないのは一向に
  差支えない。ただ、立石には左右の脇石や前づけの臥石は
  必ずあるべきである。
以上

石の禁忌

 石の禁忌についてその2です。「作庭記」に載っていることで、
迷信めいたことも多少あると思いますが、紹介します。

1.軒の滴の当たるところに石を据えてはいけない。その滴の
かかった人に悪い吹き出物ができる。

2.東方に他の石よりも大きな石の白いのを立ててはいけない。
その主人が人に犯されるという。

3.名所の景色を移すには、その名所がもし荒廃したならば
その景色を移してはならない。

4.石は荒涼な感じに立ててはいけない。石には忌み嫌うことが
沢山あり、一つでも犯せば主人に何かの難がある。

5.霊石は高いところから転がし落としても、落ちたところへ
元のままの姿勢で立つ。このような石は庭に使わない方がよい。

6.五尺以上の石を北東の方へ立てると、鬼門から鬼神が
入ってくる。

7.荒磯の様は面白いが、それに習って作った庭はやがて
荒れ果てるからやめた方が良い。

8.島を置くことは、山島をおいて海のはてを見せないように
すべきである。山の間の隙間からわずかに海が見えるようにしたい。
 

石の禁忌

 平安時代に書かれた庭づくりの経典「作庭記」に

石の禁忌が書いてあります。この時代からすでに

戒めていたのですね。迷信めいたことも少なからず

あるでしょうし、重複している個所もありますが、

ここに紹介します。

1.もと立っていた石を臥せたり、もと臥していた
石を立てたりすると、その石が霊石となってたたりをする

2.高さが四尺〜五尺もある石を鬼門(北東)に立てると
その石が霊石となり、悪魔が入ってくる足ががりとなる。
ただし、裏鬼門(南西)に三尊仏の石を据えると悪魔は
入ってこない。

3.家の縁より高い石を、家近くに立てると凶事が絶えない。

4.三尊仏の石を寝殿に真っ直ぐに立ててはいけない。少し
脇へそらして据えるほうが良い。

5.家の縁に大きな石を、北へ頭を向けたり西へ頭を向けたり
してはいけない。(北枕、西枕は死人の臥姿という意味から)

6.庭に立てる石は、家の2本なり3本なり並んでいる柱の
延長線上に立てると、子孫に不吉がある。

7.裏鬼門(南西)の柱のほとりに石を立てると、家中に
病事が絶えない。

8.南西方向に山を築いてはいけない。それは白虎の道を塞ぐ
ことになるので、築山に道をつければ差支えない。

9.山を築いてその谷を家に向けると、女子に不吉がある。また、
谷はいつも見える方から脇へ向ける方がよい。

10.臥石を北西方向に向けてはいけない。財物が倉に留まら
ないし家畜が居つかなくなる。北西は福徳の留まっているところ
であるから、それを外へ押し流すことが良くない。
 

石工事の歴史

 石工事の歴史3回目、最終回です。

江戸時代
 徳川幕府は、石材の採取運搬や築城の工事を命じ、江戸城・
二条城・名古屋城等の大修築を行った。
 石造アーチ橋が多く造られるようになり、諸大名によって
回遊式庭園が築庭された。

明治時代
 建築ではレンガや石造の庁舎・銀行・商業ビルなどの耐火
建築が表れ、土木では皇居二重橋・日本橋・心斎橋を造るまでに
なった。路面電車敷石や石積擁壁などの石材利用が高まった。

大正時代
 大正12年の関東大震災において石造建築の耐震性が問われ、
建築の法的規制を受けてから、石材は主要構造に用いられなくなり
鉄骨造・鉄筋コンクリート造の外壁に張石として使用されるように
なった。

昭和時代
 博物館や会館の外壁に張石としてさらに多く使われたが、戦争の
敗戦を機に、鉄道・道路・橋梁などの整備が進むにつれて
コンクリートや二次製品が多く使用されるようになった。
 公園の舗装・縁石・土留めなどの施設に石材が使用され、公共
造園の池や流れにも日本庭園的技法が使われるようになった。
 しかし、石材採取の労働者不足や採取規制により国内産の石材
使用量は減り、海外からの石材・石造品の輸入が増えた。

平成時代
 昭和の時代に個人庭園でも自然石組や石積を多く造るようになったが、
その家の次世代に変わるころから庭を処分傾向が多くなった。樹木や
石材のやり場に困っている時代になったともいえる。
 公共庭園では安全性が重視され、ほとんどの場所で自然石を設置する
工事は見かけなくなった。


日本には、木の文化だけでなく石の文化があり、石工事の技術者が
それを守ってきたが、現在は石工事に従事する技術者と後継者不足が
深刻化している。石の文化の継承と発展は危うくなっていると言える。

石工事の歴史

 石工事の歴史の2回目です。今回は平安時代からです。

平安時代
 凝灰岩質の岩壁に磨崖仏(まがいぶつ)という彫刻が各地で
作られました。墳墓の上に石塔を建てる習わしができ、供養塔と
墓石を兼ねていたと考えられます。
 灯篭では、花崗岩で造られたの柚木型灯篭が残っています。
自然石の使用は「作庭記」という庭園の秘伝書に記されています。

鎌倉時代
 花崗岩や安山岩の硬質石材の加工ができるようになり、石大工
という職能的地位が確立します。
 五輪塔や宝篋印塔(ほうきょういんとう)が多く造られ、石造品の
原型が出そろった時代です。笠塔婆・板碑・水鉢・石標などもこの
時代につくられています。

室町時代
 日本化した狛犬が神社に姿を見せたのはこの頃です。
 禅宗寺院の庭園では枯山水が多く作庭され、自然石や砂を使用して
抽象的な創出までに発展しました。

桃山時代
 織田信長や豊臣秀吉らによって巨石を使うことが増えた時代で、
大阪城が代表的です。築庭には豪華な石組がなされましたが、
対象的に「わび」を求めた茶庭も増えた時代です。
 敷石・飛び石・蹲踞・手水鉢・燈籠なども庭に使用されていきます。

今回はここまで!次回は江戸時代からです。


 

石工事の歴史

 石は生活と密着しており、生活の道具・墓などによる信仰の対象

として・建築・土木・造園資材として使われてきました。

時代によっての使われ方を見てみましょう。

縄文時代
遺跡から出土しているものは、黒曜石のような堅固な材質で作られた
石斧や石刃があります。石と石で打ち欠いて鋭利にし、生活の
道具として使っていたと考えられます。

弥生時代
鉄器の技術が伝わったこの時代では、石彫工具として鉄ノミが使われ
削穴や研磨の技術も加わって、農耕用の石鍬・石鎌・石包丁が
作られています。装身具の勾玉が作られたのはこの時代です。

古墳時代
古墳が多く造られたこの時代では、石室の石積や石棺が作られています。
神を信仰することが盛んとなり、神社の原型ともいわれる石神や磐座
(いわくら)・磐境(いわさか)が出現します。

飛鳥時代
仏教の伝来と共に寺院建築が盛んになり、飛鳥寺・法隆寺などが
建立されます。地覆石・雨落の玉石敷・回廊の礎石・玉石敷の参道などに
石の利用が見られます。

奈良時代
都市という形態が出現し、宮殿などには礎石が多く使われ、切石として
加工された石材も見られます。石造品は、層塔・石灯篭・石碑・石仏などが
唐の影響を受けて作られています。凝灰岩質の軟岩を使ったものが多く、
風化しやすいため残っているものは少ないです。


今回はここまでグッド次回は平安時代からの時代を見てみましょう見る

柄杓の使い方

 初詣鏡もちなどで神社に参拝するときは、鳥居をくぐり、大きな水鉢に向かって

身を清めますあせあせこれは手や口をすすぐことによって、心身を清めるといった

日本人特有の清潔感と風習に基づいていると思われます。

 また、茶道湯のみの世界でも、身を清めてから静寂な場所へ入るのは、その心構えを

することと、大切な道具を触ったり口を付けたりするので、手や口を清潔にする

ための礼儀と考えられますぴかぴか

 今回紹介する柄杓の使い方は、茶道の流派によって異なることもありますが、

ひとつの形式にすぎず、この通りにやらないといけないという事ではありません。嬉しい

一つの知識として、また一つの礼儀として使っていただければ幸いですムード


 

関守石(せきもりいし)

 茶庭などの飛び石を伝って歩いていくと、石の上に小さな石を

棕櫚縄で結んだものが載せてあります。それが関守石ですグッド

 

 別名で、止め石・極め石・留め石・関石・踏止石などとも呼びます。

これはこの飛び石以上先へ行ってはなりませんという印です。足!

逆に言えばこの石が載っていない飛び石を伝っていけば、先方の意図する

場所に行ける案内の役割をしています。

 径が10〜15僂らいの比較的そこの安定した小石に、棕櫚縄を十文字に

掛け、上には結んだ余りの縄を引き手として付けて、持ち運びやすいように

してあります。用途に応じて、必要な時に必要な場所に配置します。チョキ

石の禁忌

 庭石には、時に迷信が入っていたりもするが、多くの忌み嫌う禁止

言い伝えがあります。ムニョムニョいくつか紹介します。

・立っていた石を臥せたり、臥していた石を立てたりすると、
 その石は霊石となってたたりをする。

・高さが4尺〜5尺もある石を鬼門(北東方向)に立てると
 悪魔おばけが入ってくる足ががりになる。逆に、裏鬼門(南西方向)に
 三尊石組をすればラッキー悪魔も入ってこなくなる。グッド

・庭石として立てる位置が、家の柱が並ぶその延長線上に据えると
 子孫に不吉なことが起きる。

・北西方向に臥せ石を向かわせて据えると、お金財産が貯まらない。

・家の南西方向に立て石を据えると困惑病気が絶えなくなる。

・東方向に他より大きな白い庭石を立てることは、むかっ不吉を呼ぶことになる。

・立て石ばかりの庭は安定性が乏しく、臥せ石ばかりの庭は良い。立て石を
 据えるときは、左右に添え石・控え石を据えてグッド三尊石組にするのが良い。


庭は、庭石や樹木などを工夫して配置し、おてんきくもり大自然を凝縮して見せたものです。

富士山山があり海がある。丘があり川がある。そこには人には理解できない

生業があります。その中の石や樹木には深い意味があるのですね・・・


 

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