石工事の歴史

 石工事の歴史3回目、最終回です。

江戸時代
 徳川幕府は、石材の採取運搬や築城の工事を命じ、江戸城・
二条城・名古屋城等の大修築を行った。
 石造アーチ橋が多く造られるようになり、諸大名によって
回遊式庭園が築庭された。

明治時代
 建築ではレンガや石造の庁舎・銀行・商業ビルなどの耐火
建築が表れ、土木では皇居二重橋・日本橋・心斎橋を造るまでに
なった。路面電車敷石や石積擁壁などの石材利用が高まった。

大正時代
 大正12年の関東大震災において石造建築の耐震性が問われ、
建築の法的規制を受けてから、石材は主要構造に用いられなくなり
鉄骨造・鉄筋コンクリート造の外壁に張石として使用されるように
なった。

昭和時代
 博物館や会館の外壁に張石としてさらに多く使われたが、戦争の
敗戦を機に、鉄道・道路・橋梁などの整備が進むにつれて
コンクリートや二次製品が多く使用されるようになった。
 公園の舗装・縁石・土留めなどの施設に石材が使用され、公共
造園の池や流れにも日本庭園的技法が使われるようになった。
 しかし、石材採取の労働者不足や採取規制により国内産の石材
使用量は減り、海外からの石材・石造品の輸入が増えた。

平成時代
 昭和の時代に個人庭園でも自然石組や石積を多く造るようになったが、
その家の次世代に変わるころから庭を処分傾向が多くなった。樹木や
石材のやり場に困っている時代になったともいえる。
 公共庭園では安全性が重視され、ほとんどの場所で自然石を設置する
工事は見かけなくなった。


日本には、木の文化だけでなく石の文化があり、石工事の技術者が
それを守ってきたが、現在は石工事に従事する技術者と後継者不足が
深刻化している。石の文化の継承と発展は危うくなっていると言える。

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